フォームに電車が来た。発車間際に私は飛び乗って、窓硝子越しに、さよ子を見た。そこに佇んでこちらを見上げてる丸い顔は、まるで表情を忘れたもののようで、ただ仄白く浮き出していた。
 電車はわりにすいていた。私は腰掛けに身を落して、両腕を組み顔を伏せた。
 誤解、ということで私は責を遁れようとは思わない。然し、誤解とすれば、なんと悲しい誤解だろう。どうしたら解決がつけられるか。
 私の憂鬱は深まるばかりだ。これは人間そのものの憂鬱のようだ。これを追い払うには、人間を廃棄するか、それとも、それとも……。あ、駅のフォームで見た闇の中の巨大な幻影、あんなものに乗っかって、自分を新たに造り直すことだ。
 考えてるうちに、私は酒くさい欠伸が出て、自分でも呆れた。けれど、それさえ普通のと違って、憂鬱な欠伸だった。極りがわるく、情けなく、自分で自分が頼りなかった。
 電車を降りて、私は真直に家へ帰らず、その辺を歩き回り、野原につっ伏して泣いた。たしかに今日はどうかしている。しかしこんな時こそ、心がむき出しになるのだ。私は自分のむきだしな心が痛々しかった。



底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#
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