聞き入り、また眠った。
 そのことが、朝になって思い出された。まだアルコール分が頭脳の中に残ってる心地がして、煙草もまずく、食事もまずく、ぼんやり新聞の活字を眼で追いながら、夜中のこおろぎの鳴声を心に聞いた。
 食卓の上の幾つかの小皿のものを、妻は自分も食べ、娘にも食べさしていた。まだ三つの娘は箸がよく持てず、匙を使っている。馬鈴薯の煮たのを妻がつまんでやると、娘は頭を振った。
「じゃがいもよ。好きだったでしょう。もういやなの。」
「あっち、あっち。」
 娘は他の皿の方へ手を差し出している。
「じき倦きるのね。こんどは、おいしいおいもが来ますよ。おさつ、さつまいも、知ってますね。あ、それから、やきいも、綾ちゃんはまだ食べたことがないでしょう。おいしいのよ。やきいも屋が出来るそうだから、そうしたら、たくさん買ってあげましょうね。」
 ほかほかした焼芋のことを、妻は説明してやっていた。綾子に聞かせると共に、自分自身にも聞かせてるのである。今年は焼芋屋の商売が許可されると新聞で見たのだ。
 ふっと、私は涙を誘われそうになった。単なる感傷ではない。やきいも、やきいも。そんなつまらぬ物に、何かの
前へ 次へ
全24ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング