に余分の請求をすることも、意地として出来なかった。郷里の自家の没落と共に、近しい親戚には多大の迷惑をかけてるので、其方へ縋る訳にもいかなかった。「一人でやっていく!」そう彼は公言したのだった。
 困る時には書物を売り払ったり、或は着物の包みを抱えて質屋へ行ったりして [#「行ったりして 」はママ]兎も角も一時の凌ぎをつけていた。然しそれも長くは続かなかった。やがて、書物は無くなり、着物は流れてしまった。下宿の払いもたまった。そして途方にくれてる所へ、横田の助けを得たのだった。その補助で漸く月々が越していけた。
 横田のことを思うのは、彼にとって力であった。更に、横田夫人――保子のことを思うのは、彼にとって慰安でもあり光明でもあった。彼は長らく休みがちだった大学へも、落着いて通えるようになった。
 それが、変に心が外れ出したのだった。また学校を休みがちになった。朝は遅くまで寝てることがあった。何をしても面白くなかった。勉強するのもつまらないような気がした。何を考えるともなくぼんやりしてると、いつのまにか保子の姿を思い浮べていた。次の瞬間には吉川の死のことを考えていた。そしてふと、隆吉が吉
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