なの?」
周平はぼんやり彼女の顔を眺めた。
「え、誰なの? それとも、そんな人はないんですか。」
「一人あります。」と周平はやがて卒直に答えた。「奥さんは御存じないけれど、野村という同郷の先輩です。法学士になったばかりで、まだ下宿住居をして銀行に勤めています。私は一身上のことは何でもその人に相談しています。昨年学費が杜絶しかかって、もう学校を止そうかと思った時にも、その人が大変力になってくれました。……然し精神上では、それ程親しいという訳ではありません。」
「野村さんのことなら、私もあなたから聞いて知ってるわ。その外には?」
「さあ……何でもうち明けるというような友人は別に有りません。」
「では村田さんは?」
「村田とは随分親しくしていますが、普通の友人というきりです。」
「でも、いろんなことをうち明けるんでしょう。」
周平は初めて気づいた。村田が何か云ったに違いなかった。あの日のことを考えると不安になってきた。
「私は何も重大な事を村田に相談した覚えはありませんが……。」そう云いながら彼は保子の顔を見戍った[#「見戍った」は底本では「見戌った」]。
「重大なことでなくてつまらない
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