を忘れようとした。
その時、彼女はつと立ち上った。一寸佇んで、それから静に室を出て行った。彼は涙のうちに一人残されたのを知った。
彼は永い間そのままじっとしていた。頬の涙が乾くと、夢からさめたように室の中を見廻した。机の上の紙とペンとが眼に留った。彼はそれを安らかな心で眺めた。彼女に対する気持が、たとえ恋であるにせよないにせよ、それはもうどうでもいいことのように思えた。
彼はほっと息をついた。彼女から凡てを知られてることが、しみじみと胸にこたえてきた。そして何のわだかまりもなく彼女のことを想い耽っていると、最後の約束が頭に浮んできた。そこで彼ははたと行きづまった。彼女は何でああいう約束を強いたのか? 彼を救うためなのか、彼女自身の身を護るためなのか、或は愛情の保証を間接に与えるためなのか?……その何れとも判じ難かった。彼は新らしく謎を投げかけられたような気がした。
思い惑っているうちに、彼女と対坐したことまでが夢のようにも感ぜられた。交わした言葉は短かったけれど、間々に沈黙がはさまっていたので、可なり永い時間に違いなかった。それが今考えると、僅か一二瞬間のことだったとしか思えな
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