、周平はひしと感じた。彼はありのまま答えた。
「お別れする前にあなたへ一言申上げたいことがあったのです。それを書こうとしていました。」
「それは書けて?」
「書けません。」
「そう。」
 しいんとなった。やがて彼女は云った。
「あなたは明日《あした》下宿へ帰るつもりでしょう。」
「ええ。」
「そして?」
 周平は眼付でその意味を尋ねた。
「そしてこの家へは?」
「もう参らないつもりです。」
「そう。」と彼女はまた云った。
 底の知れないような沈黙が落ちてきた。周平は彼女の顔を見戍った[#「見戍った」は底本では「見戌った」]。蒼白い引緊った頬と円みを持った眼瞼の上の美しい眉とが、人の心を惹くやさしみを湛えてると共に口角のぽつりとした凹みと曇りのない眼の光りとが、近づき難い威を示していた。その両方からくる感じの何れに就いていいかを、彼は迷った。迷ってるうちに、深い沈黙が恐ろしくなった。心の底まで彼女の手中に握られてゆくのを感じた。身動きが出来なかった。彼は眼を伏せて、彼女の艶やかな小さな手の爪を見つめた。
「あなたは先刻私からあんなに怒られたのを、口惜しいと思って?」
「いいえ、当然だと思
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