てるのがいい気持よ。それから砂浜の上に寝転んだり、細帯一つで室の中にごろごろしたりして、それは呑気よ。帰って来ると、帯をちゃんとしめたりしていなけりゃならないので、何だか窮屈で仕様がないわ。身体がだらしなくなってしまうのね。……こんな坐り方なんかして、御免なさい。」
 そして彼女は白い歯を見せて微笑んだ。
 実際彼女のうちには、妙に締りのない明けっ放しの所があった。以前は、如何に距てない温情を示す時でも、其処に一種の清らかなつつましさがあったけれど、今では、その清らかさが変に濁りを帯び、つつましさがしどけないものに被われていた。
 周平はその変化に眼を見張り、次には眼を伏せてしまった。頭の中に描いていた彼女は、いつしか夢のように消え失せて、凡てをさらけ出したような露《あらわ》な彼女が、余りにまざまざと眼の前に在ったのである。一寸手を伸したらすぐに触れそうな彼女だった。彼は不安な誘惑を感じた。恐ろしくなった。明日あたり下宿に帰ろうかと云い出してみた。
「あら、どうして?」と保子は云った。「横田が帰るまでいてもいいんでしょう。ね、そうなさいよ。私が帰って来たからすぐに出て行くなんて、変じゃないの。」
 その何気ない最後の言葉が、彼の自由を奪ってしまった。自分の心の中にある疚しいものを、一挙にほじり出されたような気がした。そしてその晩床の中で、彼は長く眠れなかった。いろいろ考えあぐんだ末、最後に辿りついたものは、保子に恋したのだ! という一事だった。今迄自ら押隠していたが、もはやどうにも出来なくなった、その一事だった。
 彼はしみじみとした涙と苛立った憤りとを、同時に感じた。今後のことを考えると、暗い穴にでも陥るような気がした。

     十八

 翌朝、周平は遅く迄寝ていた。眼が覚めた時は、障子にぱっと日の光りがさしていた。眠ってるうちに女中が雨戸を開いてくれたものらしい。彼は室の中のだだ白い明るみを暫く眺めていたが、眼の底が熱くなるのを感ずると、頭から布団を被ってしまった。自分は保子を恋したのだ! 昨晩ふと考え及んだその一事が、しつこく頭に絡みついてきた。凡てがその一事に圧倒され終るような気がした。
 迷霧の中を辿ってるような心地で、いつしかうとうととしてると、階段を上ってくる足音が遠くに聞えた。それがはたと止んで、あたりがひっそりとなった。長い間のようだった。と俄
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