分のしたことは自分で分ってるつもりだなんて、よくも図々しく云えたものね。……あなたが涙ぐんでる所をみると、少しは良心もあるのでしょう。よく考えてごらんなさい。私はもうあなたみたいな人のことは知らないから、自分でこの始末をおつけなさるがいいわ。」
 周平は黙っていた。
 保子はまた云い続けた。
「あなたは自分で恐ろしいとは思わないんですか。他人の日記なんかは、たとい眼の前に出ていてもなかなか見られるものではないわよ。それを、留守中にこそこそ探すなんて、泥棒よりも悪いことよ。泥棒は何か或る品物を盗むきりだけれど、あなたは、他人の心の秘密を盗み取ろうとしてるのよ。私そんな陰険な心の人は大嫌い。……いつぞや、あなたは隆吉をそそのかして、吉川さんの写真を見ようとしたわね。あの時は何とも思わなかったけれど、今考えると、今度のことと全く同じ気持だったのでしょう。私思ってもぞっとする。あなたを側に置いとくことは、まるで探偵にでもつけられてるようなものだわ。」
 周平は、頭の上から落ちかかってくる叱責の言葉を、一語々々味っていった。その苛辣な味に心を刺されることが、今は却って快かった。どうせ踏み蹂ってしまわなければならない恋だった。それを彼女の怒りによって踏み蹂られることは、寧ろ本望だった。彼はじっと眼をつぶって、絶望の底に甘い落着きを得てる自分の心を見戍っていた[#「見戍っていた」は底本では「見戌っていた」]。――所へ、意外な言葉が落ちかかってきた。
「あなたは隆吉へどんな影響を与えてるか、気が付いていますか。」
 周平はぼんやり顔を挙げた。保子は続けて云った。
「隆吉が可哀そうな身の上であることは、あなたにも始めから分っていた筈よ。私達はあの子に、その一人ぽっちの淋しさを忘れさせようと、どんなに骨折ったか知れないわ。そしてあの子が素直に快活になったのを見て、心から喜んでいたのよ。すると、この夏休みの前頃から妙に陰鬱になって、暗い顔をして考え込んでるのが時々眼につくばかりでなく、何だか始終私達に気兼ねでもしてる様子だし、またふいに、お父さんの話をしてくれとか、お母さんはまだ生きてるのとか、これまで口にもしなかったことを聞くものだから、どんなにか気をもんだでしょう。そしてついこないだ、またお父さんのことを聞くから、そんなことを聞いてどうするんですと尋ねると、井上さんに話してあげるのだ
前へ 次へ
全147ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング