をかかえながら、喜美子はもしや彼女の身寄りの者ででもあるのかと、尋ねてみたが、彼女はもう泣きやんできっぱり答えた。
「いいえ、全くの他人だけれど、でも、わたし、ほんとに好きなの。」
 そして彼女は押っ被せてくるのだ。
「さあ、話して下さい。喜美ちゃんのこと、なんでも話して下さい。わたしも話すわ。」
 おかしなことに、喜美子はもうどこか遠くにいて、私達だけがそこに取り残され、酔いつぶれかけていた。お上さんが銚子を持ってくると、桃代はくずれた姿態のままで言う。
「お上さん、許してね。わたしたち、喜美ちゃんに結ばれたのよ。喜美ちゃん、どこにいるの。連れて来てよ。」
 来るものか、遠くに行っちゃった、と私は思うのだ。そして桃代が、非常な重さでのしかかってくる。その太い眉、赤い唇、ぶ厚い耳朶、ちょっと毛の乱れてる襟足、そして何よりも、近視らしいくるっとした眼が、それぞれ別々に私の眼の前に廻転する。そしてそれらが一つ所に中心を求めて静まり返ると、彼女はもうそこに投げ出されてる一塊の肉体に過ぎなかった。
 その肉体は、ただ柔かく温かくぼってりとして、そして行儀がよいのだ。意志も感情もないもののように
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