、特別に可愛く見える。その全体が、へんに頼りないのだ。――私はいつも、彼女からへんな印象を受ける。このひとは、たいへん不幸な目に逢うことになるかも知れない。長い病気にかかることになるかも知れない。いつまでも消えない悲しみを胸に懐くようなことになるかも知れない。今でもその日々が、淋しい頼りないものであるかも知れない……。もとより彼女はそのようなことを意識してはいない。だが、彼女の存在そのものが私にそのような印象を与えるのだ。
 そんなことを私が思うのは、彼女を愛してるからであろうか。いや、私は普通の意味で彼女を愛してはいない。私はただ、その顔のすがすがしい感じが好きだし、その糸切歯の可愛らしい感じが好きなのだ。酔っ払って、自分自身を持てあまして、そして彼女をじっと見ていると、なにかしら胸が切なくなるのだ。
 そのために、と言えば理屈に合わないが、私はしばしば喫茶店カツミへも行った。
 終戦後、花柳界がどういうことになるやらまだ見通しもつかない頃のこと、加津美ではすぐ近所に、小さな喫茶店を開いていた。喜美子とも一人の女中とが店に出ていて、お上さんもたいていいた。もう五十歳にもなるこのお上さん、宇山かつは、真白に白粉をぬり、時折は丸髷に赤い手絡をかけ、はでな錦紗の着物などをつけて、客に煙草をねだることもあった。粗末な珈琲や蜜豆や菓子の類が表面の看板で、内実は主として酒場だ。ウイスキーやビールはまあ普通の品だが、日本酒はひどく水っぽい。よほど酔ってでもいなければ、まともには飲めない。
「お上さん、こいつは、ちっとひどいよ。」
「そうですか、どれ……。」
 しゃがれた太い声で、お上さんは手を差出して、客の杯を受けぐっと一息に味わう。
「なるほど、これは少しひどいようですね。」
 それきりで、澄ましこんでるので、話にもならない。――もっとも、酒の品質の責任は、お上さんにはなく、舞台裏にぶらついている調理人にあったのだ。
 だが、勘定の方は主としてお上さんがきめた。勝手にきめた。同じ飲食品でも、時によって高低がある。また、例えば三杯飲むと、一杯分の四五倍もの勘定になることがある。つまり、お上さんの計算では、税金の加算がでたらめなのだ。
 そういうカツミで、喜美子はいつも、ほのかな笑みを眼元に漂わせ、可愛いい糸切歯をちらちら見せながら、安らかに振舞っていた。客から言葉をかけられると
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