た。
所が、越してきて二週間ばかりたった頃、或る晩、妻は妙なことを云い出した。
「この家は何だか変な家ですよ。門の開いた音がするから出て行ってみると、誰もいないじゃありませんか。そんなことが何度もあったんです。」
まさか……と思って私は、女中にも尋ねてみたが、やはりその通りだと云うばかりでなく、実は女中の方がそれに多く出逢ったのだった。
そんな馬鹿なことがあるものか、とは思ったが、現に二人も証人があってみれば、私がいくら否定しても無駄だった。その上、何となく気にかかってきた。姿の見えない人間が、家の門を出たりはいったりしてるということは、それが荒唐無稽であるだけに一層気味悪いように思い做された。
「では兎に角よく注意しといてごらん、本当だとすれば冗談じゃ済まされないことだから。」
そして私は、門の戸を調べてみたり、あたりを見廻ったりした。何処にも異状はなかった。
曖昧なうちに四五日は過ぎた。すると妻は馬鹿馬鹿しい報告を齎した。
「うちの門が開くと思ったのは、どうもお隣りの門が開く音だったらしいんですよ。」
余り他愛ない話なので、私は妻に小言を云う気にもなれなかった。今迄どう
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