、何処の人とも分らないので、羽織の始末に困っていらした所でしたわ。私が話をして謝ると、皆で放笑《ふきだ》してしまいました。お隣りの御主人も、やはり変な間違いをなすったことがあるんですって。」
「どんな?」
「あなたのより少したちが悪い、と御自分で云って、お話なすったのですが……。」
そして彼女の語る所によれば、隣りの主人は、或る日細君と一緒に散歩に出て、細君が何か買物をするのを、ぶらぶら歩きながら待っていた。その買物がまた馬鹿に手間取って、待ってるのが焦れったくなり、初めは店の近くを歩いたり立止ったりしていたが、後には少し遠くまで歩き出し、苛ら苛らしていると、妻君はいつのまにか店から出て来たとみえ、素知らぬ顔で向うへすたすたやってゆくのが、後姿でそれと分った。で彼は少し向っ腹で、後から追付いてゆき、「何を愚図愚図してたんだ、」と小声で叱りつけ、人をさんざん待たせといて、一人で先に帰ってゆくってことがあるものかと、そんな風な泣言を並べながら、彼女が立止って振向いたのをちらっと見ると、それは一面識もないよその女だった。彼はすっかり狼狽しきって、丁度私と同じように、こそこそと逃げ出してしまったそうである。
「あなたの御主人の方は家だからいいが、私の方は他人の細君だから、そりゃあ弱りましたよと、そう云って笑っていらしたわ。そして、これを御縁にちょいちょいお遊びに来て下さいって……。」
「そりゃ皮肉なのかい。」
「いいえ本気よ。」
「へえー。」
だがその時、私は俄に元気づいて、勢よくはね起きたのだった。そして水をじゃあじゃあ頭に浴せると、愉快な晴々とした気持になった。
「おい、これから時々間違えて、二人で隣りへ押しかけてゆこうじゃないか。」
「何を仰言るのよ、すぐ図にのって。」
「それから、隣りでその外に何か云ってはしなかったかい。」
「いいえ別に……。」そして彼女は一寸考える風をした。「ただあなたと同じことを云っていらしたわ。二軒共余りよく似ていて、不思議なほど同じだって……。」
不思議なほど同じ……そう私は心の中で繰返して、すーっと日が陰ったような、一寸怪しい心地がしてきた。こうしていても、私の家へだって、いつ間違えて他人が飛び込んで来ないとも限らない。私の妻が、いや殊によると私までが、いつ他人から人違いをされないとも限らない。もしそんなことになったら……。
そし
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