く伸びても差支えないほどの支柱を拵えてもらいました。
 或る日、草光保治が訪れてきますと、美代子は小さなシャベルで、藤の木の根本を掘り返していました。
「魚の頭や臓物を埋めるのよ。来年はきっと、たくさん花を咲かせるわ。」
 彼女は白く透いた頬に、弱々しい然し神経のこもった笑みを浮べました。
 そこは、庭の片隅、心持ち斜面をなしてる上手、寒山竹の茂みを横手にひかえてるところで、枯れた自然木の高い支柱の下半分ほどに、藤の青葉がからみついていました。
 保治は肥料埋めを手伝いながら、藤の青葉を見て言いました。
「蔓を伸ばすのは易しいが、花を咲かせるには、技術がいるよ。」
「技術って……どんなこと。」と美代子は無邪気に尋ねました。
「花がたくさん咲いてる藤棚などを、よく見てごらんよ。花が出ているのは、大きな古い蔓からだよ。若い細い蔓からは、花は出ない。また、大きな古い蔓でも、若い蔓をたくさん伸ばせば、花は出ない。つまり、こういうことになるんだよ。古い蔓から、新らしい芽が出る。その芽が、若い蔓になって伸びてゆくか、蕾になって花を咲かせるか、どっちかだね。それが、自然の技術だよ。」
 美代子は黙って聞いていました。
「伸びるだけ伸びた大きな藤蔓は、もうそれ以上伸びる必要がないから、新たな若い蔓を伸ばさないで、ただ花だけ咲かせるよ。ところが、植木鉢なんかに植わってる藤蔓は、いくら古くても、小さく刈りこまれているから、まだたくさん伸びたがる。蕾といっしょに蔓の芽を出す。だから、蔓の芽をもぎ取って、蕾の芽だけを発育させなければならない。植木屋はみなそうしてるよ。これが人工の技術だよ。」
「それから……。」と美代子は尋ねました。
「その二つだけ。それきりないよ。」
「そんなら、わたし、蔓を伸びるだけ伸ばしといて、あとは、その……自然の技術に任せて、花を咲かせることにするわ。」
「然し、幾年もかかるよ。」
「幾年かかってもいいわ。だけど、来年も咲かせないの。その、なんとかいう……人工の技術、それで咲かせましょうよ。手伝って下さるの。」
「さあ、僕に出来るかどうか分らないけれど、やってみよう。」
「きっとね。植木屋なんかに頼まないで、わたしたちだけで咲かせましょうよ。」
 保治は深く頷きました。と同時に、彼をじっと見ている美代子の眼眸に、なにか一徹な熱いものが籠っているのを感じました。彼女
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