讃美するもの、中央公園の円桶に飼育されてる金魚を憐れむもの、太廟の林に自然棲息してる鷺を羨むものなどがありました。或る詩には、紫金城の堂宇が黄金色の甍で人目をくらましながら、その投影で北京全市を蔽っていることを描いて、それを時の政府への痛烈な諷刺[#「諷刺」は底本では「諷剌」]としていました。そしてこの一派は、青年知識層の一部から共鳴されると共に、政府筋の注意を惹き、内々の警告が発せられたこともありました。この新新文芸一派のなかでの最も有力なのが、荘一清と汪紹生だったのであります。荘一清は評論も小説も詩もその他あらゆるものを書き得る自信を持っていて、しかもいつも懶けてばかりいました。汪紹生は真面目な詩人で、生活のため図書館に勤めながら孜々として勉強していました。そして高賓如大佐は荘家の親しい知人で、新新文芸一派に常々好意ある声援をしていました。――それ故、この三人を含めた方福山の招宴には、何か裏面に意図があるかも知れない、と汪紹生はいうのでした。
 荘一清は笑いました。
「そういうことは、君の論法を以てすれば、われわれに全く無関係なことじゃないか。方福山にどういう意図があろうと無かろうと、吾々の知ったことではない。」
 そして暫く黙っていた後で、荘一清は微笑を浮べていいました。
「それほど君が気にするなら、種明しをしてもよいが、実は、意外なところに策源地があるらしい。然し、そんなことよりは先ず、方福山の招待に応ずると、それをきめてくれなくては困る。それが大切な問題だ。」
「なぜだい。」
「なぜだか後で分る。とにかく、承知するんだね。」
 汪紹生は暫く考えてから、はっきり答えました。
「君に一任しよう。」
「じゃあ、行くんだね。」
「うむ、行くよ。」
「よろしい。……そこで、問題だがね。」
 荘一清は揶揄するような眼付で相手を眺めました。
「方家の招宴には、陳慧君も出るらしいよ。もっとも、これは君には無関係なことだがね……。」
 汪紹生は眼を大きく見開きました。
「なぜ陳慧君が出るらしいかといえば、柳秋雲が出るからだ。」
 汪紹生はちらと顔を赤らめ、眼を輝かしましたが、突然いいました。
「なぜ君はそんな持って廻ったいい方をするんだい。」
「愛情を尊敬するからだ。」
 それは、汪紹生の或る詩の中の一句でした。荘一清はその一句をいってから、楽しそうな笑顔をしましたが、汪紹生は耳まで赤くなりました。
「僕だって君達の愛情を尊敬することは知っているよ。」と荘一清は快活にいいました。「現にその余沢も感じている。種明しというのはここのことだが、君と僕とを一緒に方家へ招待さした策源地は、彼女にあると思うよ。なぜなら、彼女は僕達に逢いたがっているんだ。ところで、それはまあいいとして、厄介な口実がくっついている。例の、新時代の女性の玩具、あれを持って来てほしいという秘密な使者が来た。彼女にとっては、僕達を逃がさない口実だろうが、僕達にとっては、彼女への義務ということになる。どうだろう、あれが至急手にはいるかね。金はここに用意してきてるが…。」
 汪紹生はじっと考えこんでしまいました。
「君から彼女へ手渡すがいいと思うんだがね……。」
 汪紹生はなお考えこんでいました。それから突然立上って叫びました。
「よろしい、彼女との約束を果そう。」

 柳秋雲の所謂玩具というのは、実は、一挺の小さな拳銃のことでありました。
 柳秋雲については、いろいろな説がありますが、それらのいずれもが不確かなもので、いわば彼女は一種神秘な影をいつも身辺に帯びていました。
 彼女はその生家も縁者も出生地も不明な全くの孤児で、陳慧君の許で養女なみに扱われておりました。伝えるところに依りますと、嘗て、陳慧君が太沽に行った折、港の岸壁の上で、果物や煙草の露天店の番をしている六七歳の少女を見かけましたが、ふと、その怜悧そうな眼差と気品ありげな顔立とに気を惹かれて、そこに立止ってしまいました。やがて、露天店の主人らしい爺さんがやって来まして、果物や煙草をすすめますと、陳慧君は頭を振って、少女のことを尋ねました。
「この子は、売り物ではございません、預り物でございまして……。」と爺さんは答えました。
 そしてその預り物の取引の話が初まったのでありますが、爺さんの語るところでは、少女は一年ほど前、港のほとりをただ一人でさ迷っていたのを、或る船乗りに拾いあげられましたが、その船乗りが大きな貨物船に乗りこんで出かけます折、少女を爺さんに預けたのでありました。ところで、船乗りはそれきり戻って来ませんし、少女はまだ自分の身元を覚えていませんし、爺さんは処置に困りましたが、そのうちには誰かが探しに来るかも知れないと夢のような考えのうちに、港の露天店に毎日連れ歩いてるとのことでありました。
「ですか
前へ 次へ
全12ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング