て深い感銘を与えました。彼女の声は次第に高まって、美しい哀切なものとなりました。髪飾りの宝石が、耳の後ろでこまかく震えました。彼女の横顔に目立つ※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]のとがりは、ひたむきな心情を示すようで、そしてその頬のふくらみは、やさしい愁いを示すようで、それが一緒になって、母を思慕する歌調を強めました。
汪紹生が顔を伏せてるだけで、そして陳慧君が一座の空気を窺ってるだけで、人々は息をこらして、柳秋雲の上に眼を釘付けにしていました。呂将軍の眼もその時だけは生々とした色を浮べました。彼女はただ歌にだけ身も心も投げこんでるようでしたが、歌い終えると、やはり表情を押し殺した様子でちょっと会釈しましたが、そのまま、逃げるように足早く次の室にはいって行きました。
方美貞がすぐ立上って、彼女の後を追ってゆきました。
感嘆の吐息と声が洩れました。客の一人の中年の婦人は涙を拭きました。そして柳秋雲と方美貞とが戻って来ないのをきっかけに、よい工合に食卓は見捨てられることになりました。
次の広間の片隅に、麻雀の一組が出来ました。方夫人と陳慧君と、歌のあとで涙を拭いた中年の婦人とに、方福山の隣席にいた老人が加わりました。
汪紹生が一人で庭の方へ出て行ったようでしたから、荘一清と高賓如とは連れ立ってその方へ行ってみました。
晴れやかな秋の夜で、星辰が美しく輝いていました。池のない広庭には、植込や置石が多く、築山の上の小亭にぽつりと電灯が一つともっていました。
高賓如は両手を差上げ伸びをしてから、冷かな批判の調子でいいました。
「今晩の宴会には、欠けたものが一つあったね。」
「何ですか、それは。」
「君のお父さんが来られなかったことだ。」
「父は近来、ここの人達をあまり好まないようです。」
「それは当然だ。然し、ここの人達にしてみれば、君のお父さんは最も大切な客だった筈だ。」
「なぜですか。」
高賓如は荘一清の方を振向いて、その真実怪訝そうな眼付を見て取ってから、いいました。
「考えてみ給え。荘太玄の名望と、方福山一家の財産と、それから君達自身はどう思ってるか知らないが、青年知識層の精鋭と見られてる一方の代表者たる、荘一清と汪紹生、それから自分でいうのも変だが、呂将軍の知嚢としてのこの高賓如、それになお、社交界の花形と独りで自惚れてる陳慧君、将来特異な才
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