とすると、「あ、いけない、」とチビは頭をひっこめて、逃げていきました。駒井さんが戻って来たのです。

 駒井さんは、ちょっと元気づいてるようです。頬にも赤みがさしています。
「一人で、退屈だったでしょう。今来たひと、金子さんのお母さんですよ。金子さんを、ご存じですか。」
 正夫はそんな人を知りません。
「お話をきいてみると、感心なかたですよ。」
 金子というのは、今年、大学の法科を出た青年です。時々芝田さんのところへも来たことがあり、就職の世話をたのんであったのです。そのお母さんというのが感心で、或るデパートの裁縫部に監督助手として出勤していて、僅かの遺産でこれまで生活をしてきました。でもこれからは、息子の力にたよらなければならない状態です。息子のことをお頼みしますと、くれぐれも云って帰りましたそうです。
 そういう話をしながら、駒井さん自身、いやにしんみりしています。昔のことを思い出してるのでしょうか。
 駒井菊子さんが、女学校の四年生の終り頃のことです。父親が亡くなって、一家は郷里の金沢へ引上げることになりました。小さな弟や妹はとにかく、菊子さんが、あちらの女学校の五年に転校できる
前へ 次へ
全36ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング