りました。
 そこへ、来客でした。年とった女のひとで、御主人が不在なら、どなたかお留守の人に……とそう女中の取次です。
「待ってて下さいよ。」と駒井さんは正夫に云いました。「あとで、お話があるから。先生も、じきにお帰りになりますよ。」
 そして駒井さんは、女中から受取った名刺を手に持ったまま、出て行きました。

 正夫はそこに寝そべりました。駒井さんが出してくれた二三冊の書物も、手にとりません。なんだかつまらないんです。
「なにをしてるんだい。」
 囁くような声で、チビがひょっこり出てきました。
 正夫は黙っていました。
「いいことがあるよ。今晩、うまい果物がたくさん食べられるよ。女のひとが来たろう。あの人が持って来てるんだよ。」
「誰のところへさ。」
「もちろん、おじさんとこへだ。けれど、君が食べていいのさ。就職運動のお遣物なんだ。」
「そんなもの、受取っちゃいけないんだろう。」
「ばかだな。君のおじさんは、そんなちっぽけな量見じゃないんだ。持って来た物なら、何でも受取るよ。そこはおっとり出来てる。僕は好きさ。だが……。」
 チビは耳をかきました。
「なんだい。」
「実は、就職運動な
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