の葉を一枚取って来た。榎の木影に穴を掘って、水をくみ入れた芋の葉をその中に据えた。それから稲田の水口を見て廻った。鮒の子が幾つも泳いでいた。抜足してそっとはいり込んで、水草の影に隠れたのを押えようとすると、指の下からするりと逃げてしまった。幾度も失敗した後に、可なり大きなのを一匹捕えることが出来た。それを両の掌の中に持ちながら、榎の下まで馳けてきて、芋の葉の水の中に放った。そしてまた出かけていった。
 鮒の子三匹と鯰の子一匹とで、平助は満足した。芋の葉にとろりとたまった水の中で、それらの小魚が泳ぎ廻るのを、彼は珍らしそうに眺め入った。それから立上って太陽を仰いでみた。おみつ[#「みつ」に傍点]がやって来るにはまだ早かった。彼は芋の葉の上に木の枝を被せて、開墾しかけた処へ戻っていった。
 熱い大気が重くのろのろと流れていた。蝉の声と小鳥の鳴声とがぱったり止んでしまうような、蒸し蒸しする静かな瞬間があった。それでも、拓き残されてる荒地には、草木が茂り虫が飛び小さな花が咲いており、去年から開墾された水田には、水がぬるみ稲が青々と育っており、開拓されたばかりの地面は、黒々とした肌から陽炎を立てていた。そして南の山の峰からは、むくむくとした入道雲の白い頭が、もう少しばかり覗き出していた。
 平助は其処に佇んで、それらのものを一目に見やった。眼の中がぎらぎらしてくると、二つ三つ瞬きをして、白い街道の上を村の入口まで透し見た。おみつ[#「みつ」に傍点]の綺麗な麦稈帽子も、また誰の姿も見えなかった。
 土壌の匂いが彼の肌に染み込んできた。真上からじかに太陽の光が照りつけていた。彼はしゅっと掌に唾液を吐きかけて、鶴嘴の柄を力強く握りしめた。



底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1−13−22])」未来社
   1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「青年」
   1924(大正13)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティ
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