ました。肥料としては、ただ堆肥だけを使い、下肥は用いませんでした。下肥を嫌がったわけではなく、その臭気が内心の思いを邪魔するからだったのでしょうか。
 土の匂いと青葉の匂いとの中で、彼が最も思い悩むのは、木村明子にどう返事を書いたらよいかということでした。
 木村明子はもと、笠井直吉と同じ郵便局の事務員でした。東京空襲が激しくなってきた頃、彼女の住家は強制疎開で取り払われることになりました。それを機会に、彼女は両親につれられて、郷里の福井県に帰りました。それから彼女はしばしば、笠井直吉に手紙をよこしました。直吉も手紙を書きました。その通信が、直吉の罹災と共に途絶えました。彼女は二三回、直吉の旧住所へ手紙を出したらしく、その後は、郵便局宛によこしました。この郵便局宛のが彼女の許へ返送されなかったことによって、彼女は直吉の沈黙を悟り、その沈黙の理由を知りたがり、次には沈黙を恨んできました。然し、直吉は返事が書けませんでした。
 彼はただ、胸が痛みました。彼女のことを想うと、直ちに、自分の顔の火傷の跡が痛切に意識されるのでした。
 彼と彼女の間の愛情は、清らかなものと言えたでしょうし、または
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