躍りあがったようで、その右手の拳が、直吉の頬へ飛んできました。音とも光ともつかないものを直吉は火傷の跡に感じ、次にも一つ、更に強烈なのを受けて、よろめいて膝をつきました。そしてちょっと眼をつぶりました。
 亮助は直吉の様子を見守り、それからくるりと背を向けて、立ち去りました。

 その夜更け、笠井直吉は薄暗い郵便局の片隅で、額をかかえて瞑想に沈みました。深い淵の中での瞑想にも似ていました。
 彼は宿直の日で、そして後徹《こうてつ》に当っていました。他の二人の仲間が彼方でのろのろと仕事をしていました。彼はいい加減に仕事を片づけ、窓際に退いて、瞑想の淵に沈みました。半欠けの月の淡い光りが、高い窓硝子にぼーっとさしていました。
 すべてがばかばかしくて、田中亮助に弁解する気にさえなれなかった、あの気持ちが、更に大きく深く彼を取り巻きました。そしてその中に、自分の火傷の跡、ひきつった皮膚や、ちぢれた耳や、赤光りの禿げや、殊にあかんべえの大きな眼が、まざまざと浮き上ってきました。それは正子が言ったように、生れながらのものではありませんでした。然し、彼女のようにそのことだけに安んずることは出来ませ
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