は、世間からの非難はもっともなことで、それは全く書信の気合をそぐことになるのです。それとも、世人の気合がずっと間延びしたものとなれば、話は別になるのでしょう。――そのようなことを、逓信従業員たる彼が、無関係な方面の事柄をでも批評するようにして、談じてゆきました。
もう暮れかけていましたが、空間のうちにまだ明るみがほんのりと漂っているらしい、ちょっとためらいがちな時刻でした。その時、表から台所口とは反対にそこの縁側の方へ通ずる、路地とも庭ともつかない空地に、かすかに人の気配がして、八手《やつで》と檜葉との小さな植込のそばに、ぼっと人影が現われました。たしかに蒼ざめてると思えるへんに白い顔に、眼が大きく見据えられ、首をすっと伸し、右肩を少しく落しかげんにして、襟をきっと合わせた黒っぽい着物の胸から下は、夕闇にとけこんでいて……なにか亡霊にも似た、それが、田中正子でした。
直吉は顔をあげ、坪谷は口を噤み、二人ともその方を見やりました。正子もじっと二人の方を見やりました。彼女がそこへふいにやって来ることは、近所同士のこととて不思議ではありませんでしたが、その時はなにか妙な工合で、二人ともちょっと口が利けませんでした。
四五秒たちました。正子はゆらりと上体を動かしました。
「御免下さい。兄さんが来てるかと思いまして……。」
その兄さんのことも、どうでもよいような調子でしたが、坪谷はあわてて口を利きだしました。
「あ、兄さんですか。おいでになりませんが……まあお上りなさい。さあ、どうぞ。今ね、配給の焼酎をやってるところですが……。」
彼は殆んど相手なしに饒舌っていました。もう正子は、消えるように、表の方へ音もなく出て行きました。保子が長火鉢のところから立ち上って、縁側から外をすかし見た時には、正子の気配さえありませんでした。
坪谷は保子と房を見合わせました。
暫くして、保子は言いました。
「あすこの家、みんな変っていますね。変り方はそれぞれ違ってるけれど……。」
そしてちょっと田中一家の批判が出かかりましたが、夫婦とも、なにか気兼ねでもするかのように、すぐにやめました。それから保子は直吉に言いました。
「でも、正子さんはいい人ですよ。そして、どうやら、笠井さんを好きらしいわね。」
それに元気づいたかのように、坪谷はいいました。
「君は正子さんの跛にたいへん親切
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