た。恋に破れて凡てのものの意義を見失い、何をしてもつまらなく、昼間はまだよかったが、夜になると下宿の一室にじっとしてることが出来ずに、家庭を持ってる友人の家や撞球場や碁会所や、または怪しげな旗亭など、兎に角何処かで賑やかな時間を過して、十二時が過ぎなければ、云い換れば、すぐに眠るより外はない時間にならなければ、下宿へ帰ってゆく気になれなかったのである。時には二時三時頃になることも珍しくなかった。
所が或る夜、変なものに……いや変な気持に出逢ったのである。友人の家で遅くまで花合せをやって、もう一時半頃だったろう、遠くもない下宿の方へ歩いて帰りかけた。空がぼんやり曇った静かな夜で、重く澱んでる凉しい夜気が、まだ勝負のほてりの残ってる頬に、心地よく流れていった。帽子を目深に被り、両手をマントの隠しにつっ込み、ふらふらと足を運びながら、頭の中には、花札のまん円い赤い月や、傘をさした小野道風の姿や、「あかよろし」と書いてある短冊などが、ちらちらと映っていた。それを一つ一つ心で送迎して、何にも気を留めず眼をやらずに、通り馴れた途筋を、電車通りから淋しい横町へ切れ込んでいった。それからまた右へ曲っ
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