らにつけられ初めてから或る晩、私は虚勢を張るために深酒をのんで、一二度行ったことのある円窓の家へ、ひょっこりはいっていった。そして見知らぬ女と寝ていると、嘗ていろんな男がこの女を相手にしたろうことが、右や左に影絵のように浮き出してきて、私はぞっと震え上り、いきなり女の喉首をしめつけたい衝動に駆られ、それに気がつくと更に恐ろしくなって、夜中の二時半頃其処を逃げ出したことがあった。とても再びそんな所へ行く気にはなれなかった。それかといって、撞球場や碁会所や友人の家などへ行ったところで、どうせ僅かな時間を費すだけで、夜にでもなったら、一体何処へ行って身を休めたらいいのか?……私は何処かへ行くことも家へ戻ることも出来なかった。
おう、何という大きな都会だろう! 何という無数の人間だろう! 空は低く垂れ、空気は塵芥に濁り、むっとするほどの人いきれが立罩め、その中を人々は平気な顔をして、あちらこちらに蠢めいているけれども、この息若しい濛気の中に、昔から今まで至る場所で至る瞬間に為された、何かの一念に凝った人の姿が、数限りもなく跡を止め、それが渦巻き相寄り相集まって、茫とした幽気となり、仄かな陰惨
前へ
次へ
全23ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング