っていたせいか、お上さんはいつになく顔色を変えた。
「え、何かありましたか。」
「どうもおかしいんです。私の気のせいかも知れませんが……。」
「気のせいですよ、屹度。あれから一度も変ったことはないんですから。」
調子が何だか落付かないのと、「あれから」というふと洩れた一語とが、私を其処に立竦ましてしまった。何かあったんだな、と思うと我慢しかねて、いきなりぶちまけてやった。
「実は……若い男の姿が、床の間の上からぶら下るんです。」
「え、本当ですか!」
お上さんは息をのんで堅くなった。私も同じように堅くなった。そして暫く見合っていると、お上さんはほっと溜息をついて、私を室の中に招き入れて、誰にも口外してくれるなと頼みながら、ひそひそと話してきかしたのである。
丁度五年前のやはり今時分、あの室で年若い学生が縊死を遂げた。大変勉強家のおとなしい静かな男だったが、高等学校の入学試験に失敗をして、この下宿から一年間予備校に通っていたが、翌年また失敗をして少し気が変になり、そこへまた不運なことには、この下宿にいた年増な女中からいつしか誘惑され、その女中が姙娠したことを知って、初心な気弱さの余
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