かじっとしておれなくなった彼は、帰りに二三の同僚を誘って、何処かへぐれ込むつもりだったのに、どうしたことか変に帰り後れて、一人ぽつりと往来に取残されてしまった。そして半ば自棄気味《やけぎみ》に、一人で飲んで騒いでやれと考えて、それでもなお念のために、懐中を一応調べてみると、七八円の金しか残っていなかった。細君がまた例の手段で、紙入の中を勝手に処分したのに違いなかった。彼は眉根をしかめて舌打ちしたが、持ち合せの不足くらいどうにでもなる、懇意な家へ行ってみようと、少し遠いのを我慢して、電車の停留場の方へ歩き出した。その時、思ったより酔ってる足がふらふらとして、前のめりに、いやというほど電柱へぶつかった。パナマの帽子越しに頭ががーんとして、眼の前が暗くなった。もう何もかも嫌になってしまった。何ということもなく方向を変えて、真直に家の方へ帰りかけた。
所が電車の中で、こんなに早く細君の前へのこのこ帰ってゆく自分自身が、馬鹿げて気の利かない者のように思われ出した。気が利かないと云えば、紙入の中をごまかした細君も、アメリカへ自分をやらない社長も、今日のつまらない送別会も、二次会をしない同僚等も、
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