おやっきになって、明かに分りきってることをどうして説明出来ないかと、じりじりしてくるのだった。
固より、明かに分りきってるといっても、それは彼一人の気持からに過ぎないことではあったが――
あの人――依田賢造――と識ったのも、最近のことだった。郷里岡山の田舎の中学校を終えて、東京のさる私立大学の予科に入学して、愈々東京在住ときめて上京してくる時、その田舎出身の大先輩として、或る商事会社の社長をしてる依田賢造へ、紹介状を貰ってきたのだった。気は進まなかったが、紹介状の手前、思いきって訪れてみると玄関わきの狭い応接室に通された。日曜の朝の九時頃だった。長く待たされた後、依田賢造氏が黒い着物に白足袋の姿で出てきた。指先で押したら餅みたいに凹みそうなその肉附が、先ず彼の眼についた。それから、短いが黒い硬い髪の毛、額の深い横皺、荒い眉毛と小さな眼、がっしりした鼻と貪慾そうな口、その口から出る声がばかに物静かで細かった。その声と眼と全体の感じとが、恐らく「ドラ鈴」の綽名の由来らしいが、うまくつけたものだと岸本は後になって思ったのである。ところがその最初の印象は、暫く話してるうちに他の印象と重りあ
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