君、そうじゃないか。娘を預って、後見の役目をつとめる、それがなんで醜悪なものか……。」
 岸本は眼を見張った。「若禿」の言葉に彼の頭はひっかかったのだった。マダムに子供があって、それを依田氏が引取っている……そんなことを、彼は一度も聞いたことがなかったのである。二三日前、彼は依田氏を訪れて、金を二十円借りてきたところだった。買いたい書物があるという口実だったが、実はこのバーに来るための金で、依田氏もそれを見抜いてるらしく、金はすぐに出してくれたが、この頃だいぶ盛んだそうだねと、暗に皮肉な訓戒を初めて、寺井さんところに余り入りびたって学業をおろそかにしてはいけない、尤もあすこだけなら安全だが……と、後は例の哄笑で終ったが、岸本は少々冷汗をかいたのだった。そしてその時も、子供のことなんかは、※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]気《おくび》にも出なかった。マダム自身も子供のことは匂わせたこともなかった。それを「若禿」が知ってるのが不思議だった。不思議と云えば、先達のことなどもここの常連にみな知られてしまってるらしかった。岸本は茫然として、マダムの方を見やると、彼女は「若禿」の言葉が聞え
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