うことを信ずる、「ドラ鈴」とマダムと関係のないことも信ずると、一人で饒舌りちらしてから、あんたはほんとに惚れていないんだねと、またくり返すのである。その度に何度も握手を求めて、それから彼を引張って、バー・アサヒへ逆戻りしてしまった。岸本は酔ってもいたが、何かしら引きずられる真剣なものを彼のうちに感じて、云われる通りに引廻されてしまったのであった。
 バーの中には、土地の若い人たちと、他に二人会社員がいた。「若禿」はまんなかの卓子に坐って、アサヒ・カクテルを三つ、三つだと念を押して、それからふと立上って、蓄音器のところへ行き、しきりにレコードをしらべて、一枚の夜想曲をかけさせ、このバー独特とかいうすっきりしたカクテルが来ると、マダムを呼びよせ、岸本とマダムの手に一杯ずつ持たせて、立上ったのである。
「ええ……小生は、マダムとドラ……依田氏との間の、純潔を信ずるものであります。そしてここに、お目附役の岸本君の立合のもとに、マダムへ結婚を申込むの光栄を有するのであります。」
 そしてぐっと一息に杯を干して、尻もちをつくように椅子に腰を落して、きょとんとしてるのであった。とり残された岸本とマダ
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