もなく、隅の卓子につくねんと坐って、ウイスキーやコニャックの杯をなめるのだった。サチ子が時々相手になりに来たが、別に話もなく、冗談口も少いので、すぐに行ってしまった。マダムが時折、無関心らしい視線を送ってくれた。
土地の商家の若い人たちも、屡々やって来たが、彼に対してはもう素知らぬふりで、会釈さえしなかった。そして彼の存在を全く無視したような振舞で、他に客がないと、マダムをつかまえて下卑な冗談口を云いあったり、植木鉢をわきに片附けて、ジャズで踊ったりするのだった。それが実は、彼の存在を意識しての上でだということが、眼付や素振で分るので、何かしらそこに陰険な狡猾なものが加わってくるのだった。そればかりでなく、若旦那風の角帯の男は、土地の安っぽい芸妓を二三人ひっぱってきて、のんだりふざけたりした揚句、君たちが奢る約束じゃなかったかと云って金を出そうとしないので、芸妓たちはきゃっきゃっと騒いでから、ああこれでいいわけねと、その一人が紙入から名刺を[#「名刺」は底本では「名剌」]一つ取出した。どうして手に入れたか、依田賢造の名刺で[#「名刺で」は底本では「名剌で」]、それをマダムに差出して、
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