かけていってどこかで逢っている証拠になる、というのであった。二人のそうした関係は、人中でのその様子を見ればすぐに分る、というのだった。「ドラ鈴」は扉を押して一歩ふみこむと、そこに一寸足をとめて、自分の家だと云わんばかりの落付いた微笑を浮べ、室の中をじろりと見渡し、奥でも手前でも隅っこでも、どこということなしに、空いている席を物色して、そこへつかつかと腰を下しに行くのである。その、マダムへもサチ子へもまた他の客にも目をくれず、場所を択ばずにただ空席へ歩みよる態度が、こうした小さなバーでは、よほどの自信と確信とがなければ出来ない芸当で、そして彼はそこにゆったり腰を落付けて、先ず煙草に火をつけるのである。するとマダムが、スタンドの奥から急いで出ていって、ばかに丁寧なようなまた馴々しいような曖昧な会釈をする。彼はゆるやかな微笑で軽くうなずいてみせる。それから眼を見合せながら、恐らくほかの意味を通じあいながら、どうです、忙しいですか……ええお蔭さまで……まあしっかりおやりなさい……なんかって、実際人をばかにしてるんだ、というのである。そして人に見られようが見られまいが、二人でそこに図々しく向いあ
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