其処に立ち止ってじっと地面を見つめていたが、梧桐の枯葉を一枚拾い取った。それをうち振りながら男はまた数歩した。と突然男は堪えられないような身振りをした。そしていきなりマッチを擦ってその枯葉に火を移した。ぼっと焔が立った。
 それらのことが、仄かな明るみを堪えた暗闇の中に、ぼんやり拡大した輪廓を以て田原さんの眼に映じた。そして梧桐の葉がぼっと燃え上った時に、田原さんの頭の透徹と神経の集中とは極度に達した。
「誰だ!」と田原さんは怒鳴った。
 男は駭然としてふり返った。
 その瞬間田原さんは男の下に向ってピストルを発射した。轟然たる音が闇の中に響いて男はばたりと地上に倒れた。
 殆んどそれと同時であった、田原さんは「しまった!」とピストルを持っている手先に感じた。彼はそれでもきっと唇をかみしめながら、静に跣足のまま庭に下りていった。片手に燃え残った枯葉を掴んだまま良助が左の胸を貫通せられて倒れていた。
 田原さんは其処に立ち悚んだ。そして何か腑に落ちないように頭を傾げた。



底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1−13−21])」未来社
   1967(昭和
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