く袴をはいているその少年の姿を見ると、田原さんは急に何だか馬鹿馬鹿しくなった。敏感な頭のいい少年だったが、それはやはり少年だった。
「もう時間だろう、出かけたらどうだ。」
ややあって田原さんはそう云った。
「はい別に御用はございませんですか。」
「ああ何もないから。」
「それでは行って参ります。」
良助はそう云って、約三十秒許り田原さんの側にじっと立っていた。それから急いで家を出た。
田原さんもその後で散歩に出た。
二時間許りして彼は帰って来た。そしてすぐに重夫の所へ行った。
「先刻徳蔵に逢ったよ。」と田原さんは云った。
「そうですか。」と重夫は気の無さそうな返事をした。
「大変真面目な顔をしていた。そしてこんなことを云うんだ、『余りお世話になってるんで、旦那の家へはどうも白面《しらふ》では伺い悪うござんして。』とね。あれで酒を飲まなければ正直ないい奴だ。」
「お父さんが、酒を飲めるようにしておやりになるからいけないんですよ。」
「なにそればかりじゃない。それに、彼に急に酒をやめさせると却っていけないかも知れないんだ。」
「そんなことを云ったらきりがないじゃありませんか。」
「
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