其処の細君もいつしか前の二人と親しくなった。そしてその細君は時々田原さんの家へ遊びに来たり、上坂の家へ遊びに行ったりした。四十許りの子供の無いヒステリックな女であった。
 所がだんだん向うから接近してくるにつれて、宇野の細君はしげ[#「しげ」に傍点]子に種々なことを話した。それが皆他人の家の内情に関することであった。しまいには、その話が上坂の家の方のことに移っていった。――上坂の家は借財のために二度強制執行を受けたことがある。上坂の細君はもと賤しい素性の女であった、上坂の細君がしげ[#「しげ」に傍点]子のことをお人好しの馬鹿だと云った、云々。
 実際人のいいしげ[#「しげ」に傍点]子はそんな話をただ「左様ですか。」と云ってきき流していた。そして相変らず上坂の細君とも挨拶を交わしていた。
 或時のこと、丁度夕方しげ[#「しげ」に傍点]子が何の気なしに表に立っていると、其処に上坂の細君が通りかかった。しげ[#「しげ」に傍点]子はいつものように挨拶をした。すると上坂の細君は、その挨拶に答えもしないで向うを向いたまま通りすぎてしまった。
 しげ[#「しげ」に傍点]子は何だか変だと思ったがそのま
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