ら、ただ、このことだけはよく注意しておいて貰わなければならない。一度やったことは二度やり易いものだ。いいかね、一度行われたことは、後まで尾を引くものだ。それをよく考えておいてくれなくてはいけない。此度のことは君のためにいい修養だ。それを生かすか否かは全く君自身の力に在る。……僕の云うことは分ったろうね。」
広田は黙って顔を挙げた。頬の筋肉を痙攣さしていた。
「ただ無謀な考えを起さないようにし給え。」と田原さんは云い続けた。「君はまだ四十に間もある。君の生涯はこれからだ。そして大に店のために働いてくれ給え、店を自分の事業だと思ってね、いいかね。」
それから田原さんは、無雑作に紙幣を百円だけ其処に差出した。
「これは子供の病気に対する僕の心ばかりの見舞のものだ。取っておいてくれ給え。子供の病気はよく面倒を見てやらなければいけない。」
広田は涙をぼろぼろと落した。そして何とも云わないで、ただ頭を低く垂れたままじっとしていた。
「今日は、一寸見舞に来たのだが、余計なことを饒舌って許してくれ。それでは僕は外に用もあるので……。」
「お心は十分に分りました。以後全く注意いたしますから……。」
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