とである。広田が店で田原さんの所へやって来た。
「其後更に見当がつきませんが、少し疑わしい点もありますので、も一度物品を調べて見ては如何でございましょうか。」
で田原さんは、広田と原口と三人で、再び店の物品を調べてみた。すると前に不足していたものは皆揃っていた。会計の方も別に怪しい点は無かった。
田原さんは、何か云いたそうにしている広田をじっと見ながら、こう云った。
「これで宜しい。何も不足したものがない以上、もう調べる必要もあるまいと思う。ただ君達に注意しておくが、以後気を附けておいてくれ給え。」
雪になりそうに思える寒いどんよりと曇った日であった。田原さんは椅子に腰掛けながら、瓦斯煖炉の火に輝らされている広田の顔をじっと見つめた。髪を綺麗に分けたその額のあたりに汗がにじんでいた。
「さあもういいから行って事務をとってくれ給え。」と田原さんは云った。
原口は丁寧にお辞儀をしてさっさと出て行った。広田は室を出る時に一度ちらとふり返って田原さんの方を盗み見た。田原さんはそれを見落さなかった。
その晩、田原さんは俥に乗って広田の飯田町の住居を訪れた。髪を櫛巻にした細君が出て来て、
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