ドーン……
太鼓の音がするようだ。耳をすますと、果して、八幡様の森の方で太鼓の音がしている。もうお祭りが初まるのであろう。
宗太郎が砂糖黍を二本かついで来た。まだ若くて、根本の方にしか甘みはない。私がジャック・ナイフを出してやると、彼は砂糖黍を一節ずつ器用に切った。
堅い表皮を歯でむいて、まだ薄皮の残っているやつを噛みしめるのである。青ぐさい仄かな甘みが、砂糖のあくどさと違って、野の幸を思わせる。
「お父さんどうしてるんだろう。」
砂糖黍の噛み滓を吐き出し、太鼓の音に聞き耳を立てて、宗太郎は呟いた。投網の夜打ちが済んだら、彼は八幡様のお祭りに行くつもりなのである。
彼の父の宗吉と私は、その晩、八幡様には行かないで、家で一献酌むことにしていた。お祭りといっても、特別な催し物があるわけではなく、飲んだり食ったりして打ち騒ぐだけで、その中に立ち交るのも私には却って気骨の折れることだろうと、宗吉が気を利かしてくれたのである。家で手製のドブロクを飲み、鶏鍋や野菜の煮付の外に、投網の夜打ちで取った川魚を甘煮にして、野趣を添えようというわけだ。投網を持ってる家は、今時、村には二軒しかないと
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