。平均して軽薄になってきた。」
平均の例として、彼は私のことを持ち出した。昔は東京からのお客さんといえば、村人たちの注目の的となったものだが、この節ではそうでなく、私のことだって、誰も気に留める者はない……。その説は私にちょっと意外だった。私は以前の砂糖黍の一件を持ち出したが、それも彼に依れば、一時はやった買出人と同視されたわけで、つまり大して注目されなかったことになるのである。
軽薄の例として、彼は三好屋の店のことを持ち出した。昔だったら、あれだけの店が村に出来れば、村人たちはたいていそこで用を済ましただろうが、この節では一向に客がつかない。村人はつまらない買物にも、一里近くある町に出てゆき、飲食にも町に出てゆく。贅沢というよりはむしろ身の程を知らぬ軽薄さだ……。その説も私にはちょっと意外で、村人に金が出来たからではないかと言ってみた。然し彼に依れば、一時は村人も金廻りがよかったが次第に貧乏になってきて、やがてどん底に落ちる兆候が見えてきた。昔は金よりも物だったのが、今では物よりも金となり、その証拠には実にけちくさい賭博がはやってる。
「今夜の八幡様のお祭りの、重箱の中の料理を見てごらんなさい。私は見て来たわけじゃないが、たいてい想像はつく。食えないようなつまらない物ばかりに違いない。投網にしたって、昔は村に幾つもあったが、今では二つしかない。その一つが私んところのだ。」
私は頬笑んだ。彼の説はだいたい首肯されるが、結局は投網の自慢になってしまった。実際みごとな投網で、網目一つ破けておらず、柿渋も充分に利いていて、鉛の錘もずっしりとしている。
その投網で捕った川魚類もまた、うまかった。焼き干しにしたのの甘煮なら知っているが、生のままの甘煮は初めてだった。清流とそっくりの新鮮さで、それぞれのほのかな風味があり、少し生ぐさすぎるも、濃い濁酒にはよく合う。濁酒に二種あって、麹の交ったのは冷やで飲み、布で漉したのは温めて飲むのである。
酔眼のせいかそれとも何か実物か、彼方に美しい光りが見えてきた。
高台のはじに建ってるこの隠居所の縁側からは、昼間なら、平野が一目に見渡せる。稲田、堤防、村落、そして右手に山が連る。夜のことで、燈火がほのかにさしてる庭の植込から先は、ただ闇の空間だった。その空間の彼方、恐らく堤防のあたりと覚しいところに、二つ、三つ、四つ、ぽつと光りが浮き出してきたのである。次第に殖える。十ばかりもあろうか。少しずつ動いてるようだ。私も宗吉も、いつしか口を噤んで、その方を眺めていた。
もう太鼓の音も聞えず、夜は更けてるらしかった。だがお祭りはまだ盛りであろうか、それとないどよめきが空中に感ぜられたし、奥さんも宗太郎も帰って来ず、崖の下にも人の足音はしなかった。そしてただ、闇の空間を距てた彼方、河の堤防のあたりに、ちらちらと光りが明滅してるのである。
「何でしょうね。」宗吉が黙ってるので、私はふと呟いた。
「狐火かな。」
宗吉はまだ瞳をこらしていた。それから、私の呟きに対してならおかしなほど間を置いて言った。
「今時、狐火がある筈はないし……だが、あすこは、いけないな。」
その独語を、思い直したように、彼は酒杯を取り上げた。
「あすこって、あの杉の沼ですか。」
「まああの辺だろう。」
私も酒をあおった。燗を熱くした。
私はその杉の沼を知っていた。昔そこに巨大な杉の木が一本あったので、そう呼ばれてるのであるが、今は、四本の小さな杉が、大きな岩の四方に植えられている。岩はただの自然石で、昔はその上に小さな祠があった由。堤防のこちら側の裾のところである。その裾下に、灌漑用の堀川が通じていて、杉の沼というのも地名だけで、沼はなく、ただその辺は川が非常に深く、藻や菱が生えて、水がどんより濁っている。往々にして溺死人があると言われている。堤防を越せば清流で、広い深い渦もあること故、杉の沼なんかで死ぬ奴はよほどの酔狂だと、私は笑ったのである。
然しその夜、私はへんに肌寒い予感がした。投網の夜打ちなんかに行ったせいだろうか。怪しい物陰などのことを思ったせいだろうか。遠い太鼓の余韻のせいだろうか。狐火は美しいが、杉の沼は陰気すぎる。
狐火はまだ見えていた。数は増してゆくようだ。私は酒を飲み、宗吉は鶏鍋をつっついている。
「然し、夜光虫は今でもいるし、その作用を狐火だとすれば、狐火が無いとも言えないでしょう。」
「そんな風に言えば、狐火もあるわけだが……。」
二人とも、なんだか口数少く、話がはずまないのである。
すると、下女が宗吉を呼びに来た。茂助さんが来てると言う。
一人になって、私はぼんやり狐火を眺めていた。酒を飲んだり、煙草をふかしたりして、またも狐火を眺めた。だいぶ時間がたって、戻ってきた宗吉は、妙にく
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング