、宗吉は自慢だった。実は、そんなこと自慢にも当らないほど、宗吉の家は村きっての大家であり、宗吉は一番のインテリなのだ。
ただ一つ、私には気懸りなことがあった。三好屋の花子から預かってる荷物だ。細引で結えた小さな柳甲李で、それが押入の隅に転がっている。
真昼間、農村では最も人目に怪しまれない時間だが、花子はその小さな甲李をいきなり私のところに持ち込んで来た。
「先生、」彼女は思いつめたように言う。「これを預かっておいて下さい。」
否も応もなく、押しつけてしまうのだ。私は少し困った。第一、宗吉のところのこの隠居所に滞在するのも、あと僅かな日数の予定である。
「暫くの間で、よろしいんです。八幡様のお祭りの晩あたり、頂きに来ますから。」
私がお祭りの集いには行かず家に籠ってるだろうと、彼女は見通したのであろう。
「先生なら安心です。甲李をあけて中を御覧なさることもないでしょうし、甲李のことをひとにお話しなさることもないでしょう。秘密にしといて下さい。村の人たちは、誰も、信用が出来ません。」
よそから来た「先生」が、一番信用出来るというのであろうか。
私は彼女とさほど懇意ではない。三好屋というのは、小間物類の雑貨をいろいろ並べ、かたわら居酒屋をやってる店である。主人はもと町の運送屋に働いていて、さまざまなことをやってきた男らしいが、村に引込んでからは、お上さんと二人でその小店を初めた。小布や化粧品などのストックをたくさん持ってるとの噂もある。川崎あたりの工場か酒場かに働いていた娘の花子を呼び戻してから、居酒屋をも兼業した。長男夫婦は別居して、律気に農業をやっている。
その居酒屋に、私は何度か立ち寄って、土間の汚い木卓で飲んだ。花子がお燗をしてくれ、時にはお酌をしてくれる。
丸みがかった顔に、眼が大きく目立つ、色の白い女である。眼が目立つといっても、奥深い色を湛えてるとか、視線が鋭いとかではなく、ただ円く大きく見開かれてるだけだ。見ようによっては、人をくった擦れっからしらしいところもあるようだし、また、案外初心らしいところもあるようだし、また、どこか釘が一本足りない白痴らしいところもあるようで、見当のつかない人柄である。だが、いずれにしても興味の持てる女ではない。それが突然、秘密の荷物というのを持ちこんで来たのだから、私は聊か呆れた。後でそれとなく聞き合せてみる
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