ったことが出来たんです。いい気持ちで馬の腹の中に住んでいまして、毎日ごちそうをたくさん下さるので、のんきに構え込んでいますうちに、期限が来たのでいざ出ようとすると、私はまるまると肥って大きくなったと見えて、馬ののどにいっぱいになってしまうんです。無理に出ようとすれば出られないことはありませんが、馬が苦しいと見えて、この通り歯をくいしばって暴れて困ります。ですから、馬に一つ大きなあくびをさして下さいませんか。あくびをして口とのどとを大きく開いた拍子《ひょうし》に、私はひょいと飛び出しますから。さもなければ、いつまでも馬の中に住んでるか、または腹を食い破って出るかだけです。そのかわりあくびをさして下さると、この馬を百倍の力にしてあげましょう」
「なるほど、それじゃあ馬にあくびをさせるから、静かにして待っていてくれ」と甚兵衛は答えました。
ところが、馬にあくびをさせるのが大変です。第一馬のあくびなどというものを、甚兵衛はまだ見たことがありませんでした。脇腹《わきばら》をつついたり、鼻の穴に棒切《ぼうぎ》れをさしこんだりしてみましたが、馬はくすぐったがったり、くしゃみをするきりで、あくびをする気配《けはい》さえもありませんでした。それかってこのままにしておけば、悪魔の子が馬の腹の中でますます大きくなって、自然に腹が裂けるか腹を食い破られるか、どちらかになるかより外はありません。親譲りの田畑を売った金で買った黒馬が、天下一《てんかいち》と自慢していた見事な黒馬が、そんなことになったらどうでしょう。甚兵衛はこれには途方《とほう》にくれてしまいました。
「馬にあくびをさせることを知ってるものはいませんか」
そう言って甚兵衛《じんべえ》は、仲間の馬方《うまかた》や村の人達の間をたずね廻りましたが、誰一人としてそんなことを知ってる者はいませんでした。甚兵衛はがっかりして家に戻ってきて、とんだことになったと溜息《ためいき》をつきながら、しみじみと馬の顔を眺めました。この馬はやがて悪魔《あくま》のために腹を破かれるのかと思うと、悪魔に宿を貸したのが後悔されたり、馬と別れるのが悲しくなったりして、いつまでも一心に馬の顔を眺めていました。馬は重そうな大きな腹をして、やはり甚兵衛の方を悲しそうに見ていました。
するうちに、馬の顔を一心に見入っていた甚兵衛は眼がくたぶれてきてぼんやりして、思わず大きなあくびを一つしました。それにつれて馬も一緒にはーっと大きなあくびをし始めました。はっと気付いた甚兵衛が、しめた! と叫ぶと同時に、馬の大きな口から、まるまる肥え太った悪魔の子が、ひょいと飛び出してきました。
「甚兵衛さん、長々馬の腹を借りて、ほんとにありがとうございました。お礼のしるしに、これからあなたの黒馬は百倍の力になりますよ」
ぴょこんと不格好なおじぎをして、傷のなおった尻尾《しっぽ》を打ち振りながら、宙に飛びあがったかと思うまに、悪魔の子はどこへともなく飛び去ってしまいました。
その後姿を見送って、甚兵衛はあっけにとられてぼんやりしていましたが、ひひんと一声高く馬がいなないたので、初めて我《われ》に返って、馬の頭を撫《な》でてやりながら、あはははと大声に笑い出しました。
それからというものは、甚兵衛の黒馬は、百人力……百馬力になって、たいそうな働きをしました。世間《せけん》の人達はあきれ返りました。甚兵衛《じんべえ》一人は澄《す》ましたもので、いつも謎のような鼻唄を歌って、街道《かいどう》を往《ゆ》き来しました。
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悪魔《あくま》だからといったって、
困ってるなら泊めてやれ。
悪魔の子供を呑み込んで、
あくびと一緒に吐き出した、
天下第一の黒馬だ。
はいどうどう、はいどうどう。
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底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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