り微笑まれた。あの人も微笑んでいた。
「そのうち、君と二人で一日ゆっくりどこかへ行こう。」
「ええ、連れてって頂戴。」
 そして酒を飲みながら、とりとめもない話をした。来る途中でどんなことがあったとか、知人にどういう面白い男がいるとか、どこそこに旅した時どんな目にあったとか、そんなことをあの人は話した。酒もいつもより多く飲んだ。けれどあたしには二三杯きり飲ませなかった。その上あの人は、うわべだけ面白そうに話をしていたが、何だかいつもと違って、じっとあたしの方を窺うような眼付をしていた。ちゃんと坐ったきり、膝もくずさなかった。あたしが寄り添っていっても、それを避けたがってる風だった。あたしは妙に冷いものを、それから淋しいものを感じた。あの人に急に逢いたくなっても、処番地は知りながら訪ねて行くことも出来ず、手紙を出すことも出来ない、そうした自分の身がふっと頭にうつった。
「仕事にもいろいろあるけれど、働けば働くほど面白くなり愉快になる仕事は、よいものだ。働けば働くほど嫌な気持になる仕事は、いけないものだ。」
 何かのひょうしにあの人がふと云ったその言葉が、変にあたしの心に残った。あたしは云 
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