なさいったら。起きて頂戴よ。」
 ふりの若いお客だった。なまっ白い額に柔い髪の毛が垂れかかっていた。それをかき上げながら、むっくり起き上って、あたしの方を頓狂な眼付で見ていた。
「何かして遊びましょう。ああそう、何にも道具がないわ。お人形が一つ……。それと、あたしがこうしてると、お人形のように見えなくって……。これから、時々来るのよ。そしてあたしを騙《だま》して頂戴。あたし男を騙したことはあるけれど、男に騙されたことは一度もない。それが淋しいのよ。何もあんたの奥さんになろうてわけじゃない。ただあたしを騙して頂戴、心まですっかり……。」
 そんな風に、それからなおいろいろ、今覚えていないが、あたしはやたらに饒舌った。酔がまわって頭がふらふらしていた。そして臆病そうにしりごみしてる若い男の前に、あたしはつぶれてしまった。
 その翌日の午後、あの人がやって来た。
 あたしは眉をしかめて不機嫌な顔をしていたが、あの人の前に出ると、顔の皺がのびてしまった。君の顔には妙に皺や筋が少い、とあの人に云われたその顔を、思いきってしかめてやろうとしたが、それが出来なかった。そしてあの人のおおまかな捉えどこ
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