いつも濁っていた。水面まで泥深く油ぎって、どんよりと湛えていた。濁った水というよりも、一種の溶解液だった。あらゆるものが、混入しているのではなく溶けこんで、腐敗醗酵のも一歩先に出ていた。その重々しい表面はゆるぎもなく、昼間は太陽の光を吸いこみ、夜分は街燈の光をはね返していた。
あちこちに、一二艘の荷足舟《にたりぶね》がもやっていた。けれども私は嘗て、その舟の動いてるのを見たこともなければ、舟の中に人影を認めたこともない。中程に何か積んで蓆を被せられて、流れのない汚水の上に舟縁《ふなべり》低く繋ぎ捨てられている。それでも時々位置は変っていた。
赤煉瓦と亜鉛板《とたんいた》とで出来てる荒々しい幾棟かの工場が、掘割の上に大きな影を落していた。煙筒からは煙が出てるが、建物は静まり返っていた。機械の音も職工等の気配も、その内部で窒息してしまってるかのようで、永遠に休業して立朽れしてるのか、或い死の工場ででもあるようだった。
その工場の囲壁に沿って、掘割の縁を、私は考え込みながら歩いていった。それから、橋を渡って彼女の家の方へ折れこむあたりまで来ると、ひとりでに足が早くなった。
彼女に近づ
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