気味な光が籠っていた。
「あきれた女でしょう。」
 そして晴れやかな笑い方をした。
 その頃である。私は夢の中で素敵な詩を拵えた。胸が躍った。然し眼が覚めてみると、そのすばらしい詩の文句は、風に吹かるる落葉のように四方へ散乱してしまって、ただ二句が残ってるきりだった。
[#ここから3字下げ]
彼女を美しいとは云うまいぞ、
彼女を美《び》だと云おう。
[#ここで字下げ終わり]
 実際彼女は美しい女とは云えなかった。顔立は私の好みにかなっていたが、少しつき出し加減の口のあたりに、余り怜悧でない卑しさがあった。私の心を惹いた眼も、普通の人にとっては一種の不具だったろう。ただ、その眼瞼の二重と耳の格恰だけは美事だった。――その彼女の全体が、私にとっては、泥土の中に影の中に転ってる美だった。
 それを、明るい日の光の中に移したい、彼女を朗かな生活の中に返らしたい、と私は考えた。
 一度私は彼女を外に連れて出た。然しそれは夜だった。日の光がなかった。一寸芝居を観て帰った。一度は食事をしに外出した。彼女は長いコートを着て草履をはいて、子供のような足取りで歩いた。
 そうしたことで、私の五百円はわけな
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