たこと。何だか無性に癪に障って、コップで酒をあおって寝たら、一日逢わねば千秋の……と何度も寝言を云って、さんざん年寄りのお客にからかわれたこと。それから……。
嘘ともつかず本当ともつかない、煙草の煙のような話だった。そしていつも帰りには、彼女は私の袂に、敷島を一袋入れてくれた。
その一袋の敷島が、私の気を惹いた。と共に、彼女の眼に涙を見出すようになった。
眼の視力の鈍い、どこかきかぬ気らしい、白蝋の面のようなその顔は、涙にふさわしくなかった。けれどともすると、ふと言葉が途切れて長く黙ってる折など、彼女はぼんやり空《くう》を見つめて、我を忘れたようになっていた。そして殆んど無意識的に、眼をしばたたき、肩をこまかく震わせた。――彼女は泣いていた。
「おい、喜代ちゃん!」
彼女は放心の状態で、曖昧な微笑を頬に浮べかける……。がその時には、私の方で、もう眼に一杯涙をためていた。
「おばかさんだね。泣く奴があるものか。」
そして二人共涙を流した。それから接吻した。
彼女は時々軽い咳をしていた。唇の中程にはいつも濃く紅《べに》を塗っていた。その唇に私は自分の唇を自由に任せた。
「やたら
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