て、三味線をじゃんじゃん弾かして、そして立上りました。何かかんかぐずってる小野君を置いて、さっさと帰っていきました。自動車の中で、トキエの手を握っていると、涙ぐましい気持になって、そして遠くで、ぽつりと、真剣な気持が動いてました。……そして彼女の室に戻ると、私はその温い肉体にすがりついていきました。甘ったれたようなばかげた気持でしたが、やはり遠くに、何か真剣なものがありました……。彼女はいつもの彼女に返って、落着いた微笑を浮べていました。
「どうかなすったの。」
それきりで、私の返事も待たずに、彼女はまた笑顔をしました。
彼女は仕合せかどうか、こんな暮し方をしていて不安ではないか……私はそう尋ねようとしましたが、彼女の返事が分りきってるので、やめました。仕合せだと云うにちがいありません。その分りきってることが……それだけでいいのかと、自分のことになって、不安になるのです。誰かがんと殴り倒してくれる者があったら……私を?……彼女を?……いや、それよりも、私達はもう別れられなくなっているのを、私は現実にそして憂欝に感じていました……。一体私は何を求めていたのでしょう……。
底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「文芸」
1935(昭和10)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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