、空気には絹針のような秋の冷えが感ぜられます。もう夜明け近いのでしょう。私はトキエを少し眠らせようとしましたが、彼女はうなずいたきりで、別に眠たそうな様子もなく、静に坐りつづけています。私はうとうとしたり、はっと眼をさましたり、何かに驚いて飛び上る心地になったりしました。子供の唇にはもう血の気が見えませんでした。
翌朝、小野君が来てくれた時には、私はただ奇蹟を待つだけのような気持になっていました。
その夕方、子供は静に……消えるように、死んでいきました。ミヨ子という名ばかりで、何かを……恐らく混沌としたものを、見たり聞いたりしただけで、意味のある言葉は一言も云わずに消えてしまったのです……。そしてその夜、小野君が遠慮して帰っていってから、トキエは、子供の真赤な布団の中にすべりこんで、その死体をだいて横になりました。私は涙ぐみながら、怒って、叱ってやりました。そんなことをするものではない、死体を抱きかかえるくらいなら、病気にならないように、用心してやるべきだったと……。
「だって、お医者様も、仕方がないって云っていらしたわ。あたし、なんだか、この子は初めから寿命がないような気がして……やっぱりそうだったのね。小さい時、お祖母さんが御病気の時に、あたし聞いたことがあるわ、世の中には大きな潮の流れみたいなものがあって、むりに逆らおうとすると、却って溺れるばかりだって……。お祖母さんは、ほんとにあたしを可愛がってくれたのよ……。」
それが、二十を二つ三つ越したばかりの、肌のなめらかな小柄な若い彼女と、しっくり調和してるのでした。そういう若さがあるものです。而も彼女はもう母親で、死んだ子供の身体を抱いて、その冷さも感じないらしく、ぼんやり夢想しています。天井が低く、薄暗く、窓硝子はよごれ、障子や襖の紙は古ぼけていて、その中に、ぱっと真赤な布団に、死体を抱いて横になってる若い彼女……そうした室の中を、私は惘然と見廻して、何かしら大きな声で、泣くか怒鳴るかしたい気持に駆られました。階下では、小女がことことと、何か片附物をしていました。
坊さんの仏事を一通り辛棒し、万事は葬儀屋に頼んで、それから小野君を交えて三人でミヨ子を骨にしました。初七日がすむと、トキエは子供の遺骨を葬りに、久しぶりに母へも逢いに、名古屋へ行ってくることになりました。私に一緒に来てほしいような様子も見せ
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