と私が云うとしたら、ええいいわ、と彼女は答えるでしょうし、一緒に死のうか、と私が云うとしたら、ええいいわ、と彼女は答えるでしょうし、而も、理由もきかず、涙も流さないでしょう……そうして彼女に対して、私は嫉妬に似た苛立ちを覚えていたのです。たとえ子供を抱かしたところで、彼女にはしっくりした母性なんか出てこないでしょう……。
 私の説明をきくと、小野君は、怒った眼付で私を見据えました。
「そんなら、君達はどういう気持で生きているんだ。芸者をやめさして、家を一軒もたして、子供まで拵えて、そしてそんな……まるで……。」
 そうです、まるで動物みたいです。愛とか……生活とか……そんなことは考えもしませんでした。非難は私に向けられるのが当然かも知れません。けれど、私は彼女を愛してはいました。彼女の出産前後も、殆んど貞節を守り、いつまでも、彼女に倦きるということはなさそうでした。そしてまた、彼女の生活についてこそ、これからどうするつもりかなどと、不安をも覚えたのです。ただ、それらのことを、はっきり、意識的に、指導的に、考えなかっただけのことです。いつでも、どうにでもなるだけの、時間と金と、安楽な地位とがあったのが、いけないのでしょうか。そうだ……と小野君は断言します。がそれよりも、私が驚いたことには、彼は何か腹を立てていました。一体芸術家なんてものは、得手勝手な、不道徳な、享楽的なものだと、私は思っていたのですが、その時、小野君の激しい一図な気性にふれて、私は眼をみはりました。君はばかだ、君達は生きてるも死んでるも同じことだ……なんかと彼は怒鳴りたてます。そうかと思うと、また調子が変って、自分は以前或る女と恋しあったが、相手がひどく理知的で、自意識が強く、愛だの芸術だの理想だの……人生の目的だの、そんな議論ばかり繰返してるうちに、とうとう別れてしまったと、変に感傷的に涙ぐんでさえいます。要するに、二人とも酔っていました。高価な苦しみを苦しまなければいけない、高価な戦を戦わなければいけない……そんなことを叫んだり、互に小突きあったり、握手をしあったりして、私もひとっぱし芸術家気質になりすまして……もうぬるま湯のような生活はすてようと私は云い、あの女を殴りつけ魂を呼びさましてやると彼は云い、よし行こうというので、出かけましたが、少し歩いてるうちに、こんな時は、街に落ちてる天使でも拾っ
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