りで美しいと思いました。白い歯なみが可愛く、黒目のうわずった眼付が変に心を惹くのです。だが……そうです……心を惹くだけで、ひどく私自身とは縁遠いものに思われ、そしてそう思えば思うほど、そこに、赤い布団にくるまってすやすや眠ってる赤ん坊が、私の胸の奥に触れてきて、哀切な感情をかきたてます。戸籍上父のない子供だとか、世間に隠されて生れたのだとか、そういう事柄ではなく、先刻小野君の画面で見たように、魂の窓とも云うべき眼のあたりが空虚な、そして柔かな生々とした温い頬の、なんだか不具的な存在、可哀そうな存在……そういう風に胸に触れてくるんです。私はその方ににじり寄って、頭をなでたり、頬をつっついたりして、それから、ぱっちり見開いた眼の中を……澄みきった闇がたたえてるような深い中を……覗きこみ、その顔がくしゃくしゃになって泣き出しそうにすると、酒にほてった自分の顔をくっつけて、乳くさい匂いを貪るようにかぎました。
 それからは、私はやって来る度に、何か玩具を必ず買って来ました。ミヨ子はまだ生れて数ヶ月しかたたず、玩具が分るかどうか、ただその色彩の反映を黒い眼にうつすきりでしたが、それでも、足をぴんぴんさして、訳の分らない声を立てました。私はそれを抱きとって、天井の低い二階の室の中を、あきずに歩き廻ったりしました。トキエは、私のそうした変化を訝りもせず、凡てを落付いた笑顔で受け容れていました。
 そしてるうち、或る晩、小野君に出逢うと、少し酒の勢をかりてから彼は、それでも云いにくそうに、も一つ頼みがあるんだがと、躊躇しいしい云うんです。
「どうも……赤ん坊はまだ、僕の力ではだめだ……お母さんに抱かれてるところなら、何とかなりそうだが……奥さんに聞いて貰えないかしら。」
 私は長い間黙っていました。奥さんという言葉の変な響きなどは、すぐに消えてしまったほど、他のことに気を奪われてるのでした。
「そりゃあ、聞くまでもなく、いいというにきまってるが……。」
 ええ、いいわ……そういう彼女の調子までが、はっきり私の耳に聞えていました。
「例えば……かりに、君が一寸彼女に云い寄ったとしても、屹度、ええいいわ……と云うにちがいない……。」
 小野君は呆気にとられて、それから、次には嫌悪の表情を浮べました。
「ばか……そんな……。」
 全く、そんなことでは、実はなかったのです。もう別れようか、
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