げた。
「どうだい、今日は。」木下は其処に足を投げ出しながらこう云って、枕頭の容態表を覗き込んだ。「まだ熱が下らないんだね。」
「うむ、何しろ長い間の衰弱が重《かさな》ってるもんだから。」と啓介は弁解するような調子で答えた。
「食慾はどうだい?」
「さっぱりおありになりませんの。」と看護婦が答えた。
「困ったね。何か食べたいものはないかね。」
 啓介は暫く黙っていたが、やがて木下の方に眼を向けながら云った。
「それよりも、君の製作はどうだい?」
「どうも思うようにゆかない。」
「何を描《か》いてるんだ?」
「風景だがね……。」
 木下は中途で口を噤《つぐ》んだが、暫く思い迷った後に云い出した。
「どうも変だ。」
「何が?」
「僕は一寸気を惹かれる景色を見出した。枯れた樫の大きいのが一本立っていて、その根本に冬枯れの叢がある。雑草の枯れた茎が六七本寒そうに残って風に戦《そよ》いでいる。その横には、枯芝の野が広がっている。僕はそれに一寸或る種の興味を見出した。樫の幹の下半分と、根本の叢と、周囲の芝生とを、四角く画面に取り入れると、全く荒廃そのものだ。樫の幹を少し右手に寄せて構図の中心とし、
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