が妙に明るかった。水色の絹の覆いを通して、強い光りが室内に重く漲っていた。余りに明るかった。眼がきらきらと刺戟されて頭の奥が暗くなってきた……。その時、突然に、死の予感が彼に浮んだ。
それは底の無い穴であった。限りない空虚だった。軽いそして安らかな闇が罩めていた。張りつめた世界の中に、ぽかりと口を開いていた。
彼は驚いて、心でそれを見つめた。するとその穴は頭の奥の方へ引込んでいって、次第に小さくなっていった。天井と畳と壁や襖や障子やとで仕切られた四角な室の中が、余りに明るかった。頭の奥の暗い空虚な穴は、今にも見えなくなりそうだった。彼は眼を閉じた。すると俄に凡てが暗くなった。空虚な穴が大きく拡がりながら、表面に浮び出て来た。彼を呑みつくそうとした。彼は抵抗した。然し悶ゆれば悶ゆるほど、穴の底へ――底のない穴へ――沈んでいった。全身の力を搾って、ほっと眼を見開いた。と俄に、その穴は頭の奥へはいり込んで、次第に小さくなっていった。四角な室の中が余りに明るかった。彼はまた眼を閉じた。穴は大きくなって彼を呑み込もうとした。彼はまた眼を開いた。……いつまでも終ることのない反復だった。彼は空虚
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